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この建物はアルノ川にかかるヴェッキオ橋を渡り約2〜3分のところにある。建物の背後にある丘からの傾斜のちょうど終わりの所、つまりボボリー庭園を背にするかたちで建てられている。この建物はもともとフィレンツェの裕福な銀行家のルーカ・ピッティが当時のメディチ家と競うようにこの建物の設計を計画した。しかし実際にはピッティ家がここに住むことはなかった。
この建物の建設は1458年に始まった。その設計を担当したのはフィリッポ・ブルネッレスキー、あるいはルーカ・ファンチュッラと言われている。後に何度となく拡張工事が行われたが、最初は、現在目にする建物の中央部分だけであった。
オリジナル部分は、中央1階の3つの大きな扉がある部分、2、3階のそれぞれ7つの窓がある部分。
100年後の1588年に、コジモ1世とエレオノーラ・ディ・トレードがこの建物を買い取りバルトロメーオ・アンマンナーティに拡張工事が任された。
現在目にするピッティ宮殿は最終的に1839年に拡張工事をもって完成した。全長205メートル、最も高い部分は36メートル。フィレンツェで最も大きな建築物である。
パラティーナ美術館
ボーボリ庭園

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