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もともとは公式行事を行う政治と深く関係のある機能を果たしていた。そして後に市場へと役割を変えていった。時代と共にその姿は変化し、一時期は貴族達が民衆の前でセレモニーを行うのに使用したりした。現在ではいくつかの回廊が昔の機能である市場になったり,モニュメントに姿を変えたり、歴史的、芸術等の作品が置かれたオープンミュージアムのようになっている。
ランツィの回廊(シニョリーア回廊)
ベンチ・ディ・チョーネとシモーネ・タレンティの設計により1376年から1381年にかけて建設された回廊。もともとは当時の行政高官プリオーリの選挙や宣誓などが行われていた。“ランツィ”と呼ばれるようなったのは、16世紀にコジモ1世に雇われたドイツ傭兵ランツィケネッキが置かれたことに由来する。
この建物はロマネスク、ゴシック、ルネッサンス様式の移り変わりを見るかの様である。建物上部の欄干部分と天井はゴシック様式で、前面の3つの大きなアーチを持つ開口部はロマネスク様式で使われていた、ちょうど柱の最上部の上のから噴水の水が2本アーチを描くような感じである。実際にこのあとにルネッサンス様式として変化していくことを予感させる様式ともいえる。
そして現在我々が目にするこの回廊は16世紀、つまりメディチ家が最も栄華を極めた時代の彫刻がおかれていて、オープンミュージアムのようである。
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